さて、これまで各出演バンドのフロンロマンたちの個別インタビューをお届けしてきたが、ここから先は、3人のトーク・バトルをお楽しみいただきたい。今回のテーマはずばり、『関西メタル』。今から25年前、どうして関西のメタル・バンドたちには、東京に“なぐりこみ”をかける必要があったのか? そのあたりをストレートに訊いてみよう。

「デビューしたいんだったら東京に出てこい」が常識だった。

●正直、今の若い世代には『関西メタル』なんて言葉はピンとこないところもあるはずだと思うんです。しかし実際、当時の国内ハード・ロック/ヘヴィ・メタルのシーンには“西高東低”みたいなところがあったわけですよね?
MARCY:というか、東のほう、つまり東京でどんなことが起こってるのかなんて、俺たちにはよくわかってなかったから。関西のシーンというのは、日本全体のブームに乗ることもないし、当時、関西は関西で盛り上がってたし。
LEO:だからそのなかで頑張って、上手くなって、それで東京に出てひと旗あげようというイメージだった。
PAUL:うん。東京というのは、すべてにおいての中心というか発信源ではあったから、「関西で一番にならないと東京には行けない」みたいな意識があって。だから関西で頑張ってるバンドたちで東京に乗り出していこうってことで、当時の『なぐりこみギグ』があったわけで。ただね、おかしいのは、実際に東京に行ってみたら、「あれ? メタル・バンド全然いないやん」みたいな状況だったことで(笑)。
MARCY:そう、実は東京じゃなくて関西のほうが盛り上がってて、バンドもたくさんいたわけ(笑)。海外での新しいメタルのムーヴメントとかもあって、そこで「日本でそういうバンドを探せ」ってことになったとき、実は関西にこそ、たくさんいたんです。
LEO:実際、『なぐりこみギグ』をやる以前にも、何度か単発で東京にライヴをやりに行ったりはしてたんだけど、単純な話、自分たちと合うバンドがいないわけですよ。なんか今で言うヴィジュアル系に近いような、そういうバンドが多くて。
MARCY:それ以外は基本的に年上のバンドしかいなかった。昔から東京でロックをやってきた、むしろ僕らにとっては伝説的な人たちというか。
PAUL:そうそう。そんななかで世代的にも近い東京のメタル・バンドと一緒にやろうとしたとき、やっと見つかったのがANTHEMだった。当時は本当に彼らぐらいしかいなかったような気がする。
●今の感覚で言えば、「東京に出てひと旗あげる」というのは、それこそ海外進出に近い次元のことでもあるのかもしれませんね。
MARCY:そうだね。俺たちは結局、みんな大阪のちっちゃなライヴハウスから這い上がってきた仲間だから。それが一緒になって挑んできたというか。変な話、当時は大阪で頑張っててもメジャー・デビューなんかできなかったし。
PAUL:確かに。
MARCY:時代も変わって、今はそんなことないだろうけど、昔だったら絶対無理。だから今の時代が羨ましくもありますよ。ずっとそのまま地元に住んでいられるんだもん(笑)。あの時代は「デビューしたいんだったら東京に出てこい」って言われましたからね。それが常識だったから。
LEO:とはいえMARINOの場合は、デビューしてからも大阪に住んでて、“半分実家組”というか、親の援助があったうえで活動が成り立ってた部分もあるんですけどね(笑)。
(取材・文/増田勇一)


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